就活のため、川口のビジネスホテルに泊まった。
実家から行ける場所にあったため元々泊まる予定はなかったのだが、猛烈な台風が来るとの天気予報があったため急遽宿を取ったのだ。
嵐が近づいてくる不安感と、就活の緊張感、慣れないビジネスホテルの妙に柔らかいベッド。
なかなか寝付けなかった。
それでも12時を回ると少しうとうととしてくる。
夢を見た。
気持ちの悪い夢だ。
女が絶叫している。
絶叫しながら地面をのたくっている。
まるで骨がないかのようにグニャグニャとのたうちながら、それが足にまとわりついてくる。
払っても払ってもまとわりついてくる。
息継ぎもないぐらいに絶叫を続けながら。
体感的にかなりの時間夢を見ていたが、突然両サイドから急に赤子の鳴き声が聞こえて飛び起きた。
すると、ベッドの足元に誰かがいる。
女だった。
旅館で着るような浴衣を着ている。
それが四つ足歩行で身体の上を這いながら近づいてきて、顔の前でピタッと止まって言った。
「起きられますか?」
突然のことに混乱していた。
あまりにも実態を持って女がそこにいたため、寝ぼけた頭で「間違えて誰かの部屋で寝ていて、宿泊客に起こされたのか?」
と思った。
が、徐々に目が覚めてくると次第に、そんなはずはない、と思った。
同時に
「この問いかけには絶対に答えてはダメだ」
と本能的に感じた。
しばし黙ったまま女の顔を見ていると、女はこちらを見たまま、滑るように壁際まで離れていった。
だが消えない。
壁際に立ってずっとこちらを見ている。
その時に気づいた。
自分は近眼なので、遠くのものは全く見えない。
だが女の浴衣の柄が、離れていてもはっきりと見える。
それに反して、顔は見えない。
くっつくかと思うくらい近くにいた時から、顔だけはぼやけて全く見えない。
しばらく何も言わずに睨み合っていると、女は壁に吸い込まれるようにして消えていった。
窓の外からはザァザァと雨の音が聞こえた。
起きられますか、の問いに答えていたらどうなっていたのか。
夢に出てきた女と同じ女だったのか。
今となっては何もわからないが、そのビジネスホテルに泊まる予定が一泊だけだったことに心から安堵した。