中学生のころ、父方の祖父が亡くなった。
家族一同で車に乗り込み、祖父の遺体が安置されている病院に急いだ。
駐車場に着くと兄が
「向かいの車に、犬がいない?」
と言った。
犬らしき姿は見えない。
確かめてみようと、車から降りて件の車に近づく。
窓から車内をのぞき込んでみたが、何もいない。
兄はしきりに首をかしげていた。
院内に入り、会談室でしばし待つ。
看護師が案内にきて、霊安室に通される。
祖父が安置されているベッドの両脇に蠟燭が二本立ててある。
医師と両親が話している間、見るともなく蝋燭を眺めていると、その片方がゆらゆらと揺れている。
室内で、風もないのに妙だ。
諸々の手続きが終わり、祖父の住んでいた家に帰ってくる。
大人たちがリビングでいろいろと話をしている間、私は兄と別室で待っていた。
先ほど見た蝋燭の話を兄にすると
「実は…」
と神妙な面持ちで兄が語りだした。
病院について、駐車場に車を入れる。
その時にたまたま、向かいの車が目に入った。
見るともなしに何げなくフロントガラスから車内を見ていると、
運転席の下から、にゅっと顔が出てきた。
その顔は兄の方を見ながらにたにたと笑い、すっと運転席の下に消えていったという。
「最初は犬かと思ったんだ」
と兄は言った。
「どうして?」と聞き返すと。
「白目が、なかったんだ。」