中学生のころ引っ越しをして、初めて自分の部屋というものができた。
新しくできたばかりの新築マンションだったためまだ住んでいる人が少なく、妙に静かで薄暗い雰囲気があった。
隣の部屋がまだ空室にもかかわらず壁を叩くような音が聞こえたり、深夜に廊下を歩く音やいわゆるラップ音と呼ばれるような妙な音が聞こえたりした。
そんなある夜のこと。
自室でドアを背に横向きに寝ていると突然目が覚めた。
体を動かそうとしても、動かすことができない。
人生で初めての金縛りであった。
ベッドのそばでラップ音が聞こえる。
何か来る、という猛烈な気配を感じた時、唐突に肩に手を置かれた。
後ろを振り返ることはできないが、脳内に大きな人型の黒い影が手を伸ばしているイメージが浮かんだ。
肩に置かれた手は次第に私を揺り起こそうとするようにゆさゆさと動き出し、それに合わせてベッドがぐらぐらと揺れている感覚がする。
人型の影は何か声を発していた。
何を言っているのか耳を澄ますと。
「もいもーー…もいもーー…」
と無声音で囁いていた。
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その後、少しずつマンションの住人が増えてくると入居当初に感じていた薄暗い雰囲気はなくなって、壁を叩く音だとか、ラップ音だとかはいつの間にか聞こえなくなった。
もいもーが現れることも、二度となかった。